弁護士玉木昌美(たまきまさみ)のえん罪日野町事件の活動ををご紹介します。
えん罪日野町事件報告 今年急展開の遺族による再審請求
滋賀支部 玉木昌美
- 日野町事件とは、昭和59年12月28日夜以降に発生した酒屋の女主人が被害者となった強盗殺人事件です。被告人にされた阪原弘さんは、3年以上経過したのちに本格的な捜査を受け、逮捕・勾留され、自白をさせられました。公判では否認し、無罪を主張しましたが、一審大津地裁で無期懲役に処せられ、控訴・上告は棄却されて確定しました。阪原さんは、再審を請求しましたが、大津地裁は、請求を棄却しました。これに対し、即時抗告をしたものの、その途中で阪原さんは死亡しました。平成24年3月30日、阪原さんの遺族らが大津地裁に再審請求をして5年あまりが経過しています。
平成29年4月、裁判所の構成が変わり、交代した今井裁判長のもとで審理が進められることとなりました。 - この事件は捜査段階の自白と引き当て以外には阪原さんを有罪とする証拠がなく、典型的なえん罪です。この事件では、犯行の動機もなく、被害金庫は店頭にはないので、金庫を見て犯行を思い立つ(自白)はずもなく、秘密の暴露は何もありません。逮捕の決め手となった被害者の着衣にあったという微物の鑑定結果は、一審で証拠価値がないことが判明し、検察は論告でも触れることはありませんでした。
一審は、自白はそれにより事実認定ができるほどの信用性がないとし、犯行の時刻も場所も被害金額もわからないが、阪原さんが犯人であるという判決を下しました(概括的認定)。
毎日新聞が、論告直前に、主任裁判官が担当検察官に対し、予備的訴因の追加を促したことを暴いて報じた。検察官は、被告人の自白(日時・場所を特定)は間違いないとして公判を維持してきましたが、論告直前に、予備的訴因の追加を行いました。犯行場所は、「日野町内若しくはその周辺地域」となりました。一審は情況証拠で無期懲役にしましたが、二審は、さすがに情況証拠による認定を否定したものの、翻って「自白の根幹部分は信用できる」として有罪を維持しました。 - 本人の再審請求の段階で、殺害方法が自白の方法(座っている被害者の首を中腰で絞め殺した)ではできないことが明らかになりました。首が固定できないからです。遺体の手首の紐の結束も、肉屋類似のものではなく、肉屋で勤務した経験のある被告人と結びつける間接証拠にならなくなりました。
本人の再審請求は、裁判官が普通に「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従えば、開始決定がなされて当然でしたが、結果は、裁判官は「普通」ではなく、各論点について、個々に分断し、「記憶違いかもしれない。」「そうでない可能性もある。」「重要ではない。」「それだけで無罪とすることはできない。」と連発し、請求を棄却しました。殺害方法については、自白は「客観的事実との矛盾がある。」とまで言いながら、記憶違いかもしれない、としました。20数点の論点に「確かに弁護人の主張するとおりである」としながら、結論は請求を棄却した。ほとんどの論点で疑問があり、それが20数点にわたって重なれば、有罪判決など維持できません。再審請求を棄却した裁判官は、被告人が死刑か無期の強盗殺人事件で自白した以上犯人に違いないという偏見が根底にあるといえます。 - 遺族による再審は、三者協議を重ね、平成29年4月で35回に及んでいますが、その間、証拠開示を請求し、議論を重ねながら、開示証拠を増加させてききました。ちなみに、日野町事件では、本人の再審請求の段階で、検察官から、警察からの送致目録(一覧表)の提示を受け、その立証趣旨も明らかにさせていたが、これも大きく役立っています。検察官は、裁判所から指摘があれば、証拠の内容を明らかにし、証拠提出するというスタンスでしたが、開示請求を繰り返す中、新たに100点以上が証拠開示されました。
- 証拠開示によって、画期的な成果を勝ち取ってきました。引き当て捜査のネガの開示があり、金庫引き当てについて、金庫投棄現場から戻るときの写真が多用されていて、阪原さんが任意に案内して正解にたどり着いた、その都度写真を撮ったというストーリーが破綻しました。弁護側は、引き当ては、捜査官が答えのわかっているもので重視できないと主張してきましたが、任意に案内できたという捜査官の証言を鵜呑みにした判決は誤りだったわけです。
さらに、昭和60年9月13日に逮捕状が発布されていたにもかかわらず、執行されないままであったことも初めて明らかになりました。
捜査官が、被告人が主張するアリバイをつぶすべく、親戚関係者に工作していたことも判明しました。
さらに、死体投棄現場における犯行再現も写真やネガの分析から実況見分調書記載の方法ではできないことも判明しました。 - 本件は、犯行現場も被害者の店舗であったのかどうかも不明のままです。 店舗内で殺害が行われたとすれば、同居していた高齢のおば、Tさんの存在が問題になります。証拠開示では、Tさんから事情を聴取した捜査報告書等が開示されましたが、それによれば、28日夜、被害者は店のある家で保険の勧誘をしている女性Hさんと一緒に酒を飲み、それから共同浴場に行った模様である。Hさんの調書も開示させたが、一緒に酒を飲んだのは27日となってす。当然、公衆浴場が営業されていたのがいつかが問題となり、捜査されているはずですが、それに関する証拠は開示されていません。被害者が28日夜公衆浴場に行っていたとすれば、阪原さんによるそのころ店内で殺害したという自白はありえません。弁護団は、28日の夜、共同浴場で一緒になったSさんから事情を聞き、新証拠として提出しています。
- 弁護団は、28日夜、阪原さんが泊めてもらった家の女性、Mさんから重ねて事情を聞き、Mさんの義兄の家にお浄め(宗教行事)に行き、その帰りにMさんの家で酒をよばれて眠り、朝までいた話を再度確認しました。「虚偽アリバイ」を主張したがゆえに犯人性が認定できるとした一審判決は理由がありません。
弁護団は、引き続き証拠開示を請求しています。存在するはずの金庫投棄現場の写真やネガがすべて開示されないことも、捜査記録にある被害者の爪(DNA鑑定の資料となる)が紛失したというのもおかしいものです。 - 平成29年4月、交代した今井裁判長は、打合せ期日において、早期解決を考慮し、証拠開示の検討もさることながら、7月から証人の尋問に入ると決定しました。引き当て、犯行再現をした警察官、捜査を指揮し、阪原さんを起訴した検察官や殺害方法について鑑定した医師吉田謙一証人の尋問をしていくこととなりました。捜査官の尋問では、原審段階で、任意に案内させた点や犯行再現をさせて点について偽証であって自白は信用できないことが、殺害方法では、より明確に自白による殺害方法がありえないことが浮き彫りになることが期待されます。再審請求後、これまでは証拠開示での応酬を重ねてきましたが、これからは大きく展開し、尋問を行って、決定へ向けて動きだすことになります。
事件の重大性に注目した裁判所の積極的な対応を踏まえ、弁護団は今後とも奮闘していくつもりです。
再審とは
再審とは、確定した有罪判決を覆し、無実の人を救済するための制度です。その請求には、新証拠の提出が必要となります。再審事件においても、「疑わしきは被告人の利益に」の大原則が適用になり、新・旧証拠を総合評価して判断する、とされています(最高裁判例)。捜査段階でウソの自白を強要され、間違って犯人にされた冤罪事件の犠牲者は再審で救済されなければなりません。
全国の主な再審事件
- 袴田事件 (静岡)
- 福井女子中学生殺人事件(福井)
- 名張毒ぶどう酒事件(三重)
- 日野町事件(滋賀)
- 大崎事件(鹿児島)
- 筋弛緩剤えん罪事件(宮城)
- 東住吉冤罪事件(大阪)
- 東電OL殺人事件(東京)
- 山陽本線痴漢冤罪事件 (岡山)
- 特急あずさ35号窃盗再審事件(長野)
- えん罪姫路強制わいせつ事件(岡山)
- 大阪地裁所長オヤジ狩り事件(大阪)
- 西宮郵便バイク事件(兵庫)
- 痴漢えん罪西武池袋線小林事件(東京)
「再審・えん罪事件全国連絡会ホームページ」より