日野町事件再審開始決定のその後

2018年7月11日、典型的な冤罪事件である日野町事件で再審開始決定を獲得した。その関係で全国あちこちで講演することとなった。

同年8月25日、東京で「なくせ冤罪!市民評議会 第6回定時総会」の記念講演をした。市民評議会は、再審事件における証拠開示の法制化と再審開始決定に対する検察官の不服申立ての制限を訴える運動をしている。たまたまよい裁判官に当たれば、証拠開示がなされ、再審開始に至る、そうでなければ、棄却され、無辜の救済ができない司法の現状は大きな問題である。検察官が不服申立をする中、当事者が高齢化し、失意のまま死亡することも重大である。日野町事件の阪原さんも本人の再審請求の即時抗告審の段階で死亡している。

同年9月29日、台風が近づく中、国民救援会岐阜県本部の大会で講演した。全国の国民救援会の支援が冤罪犠牲者の闘いを支えていることを痛感する。その物心両面の支援がなければ、30年以上にわたる闘いを継続することはできない。阪原さんが救援会員の支援に深く感謝をしていたことを思い出す。

同年10月5日、彦根共同法律事務所友の会で講演した。会場から、「誤まった裁判をした裁判官は何らの制裁も受けないのか。」という鋭い質問が出た。日野町事件は、一審、二審、最高裁、本人の再審請求と4回にわたり誤まった裁判を受け続け、5回目にしてやっとまともな判断を受けることができた。会場からの質問はもっともである。虚偽自白の理論や「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の鉄則をわかっていない裁判官が刑事裁判を担当することは許されない。

日野町事件は、検察官が即時抗告をしたため、大阪高裁に舞台を移す。「無実の者は無罪に」当たり前の刑事裁判を実現するため、さらなる支援をお願いしたい。

弁護団は、全国からの要請を受け、手分けして報告に飛び回っている。裁判とともに救援運動も強化し、阪原さんの無念を晴らしたい。

弁護士  玉木 昌美

滋賀日野町事件、再審開始決定勝ちとる

2018(平成30)年7月11日、大津地方裁判所(裁判長今井輝幸)は、故阪原弘氏の遺族らが請求した日野町事件について再審開始決定をした。

日野町事件は、1984(昭和59)年12月、滋賀県蒲生郡日野町で発生した。故阪原弘氏は、強盗殺人事件の犯人であるとして起訴され、事件との関わりがないと無罪を主張したものの、大津地方裁判所で無期懲役に処せられ、控訴や上告が棄却された。故阪原弘氏は、2001(平成13)年11月、再審請求を申し立てたが、2006(平成18)年3月、大津地方裁判所において棄却された。大阪高等裁判所において即時抗告審が係属していたが、その途中で故阪原弘氏は病気により死亡した。今回の再審請求は2012(平成24)年3月、故阪原弘氏に代わり、その雪冤のためにその妻と3人の子らが申し立てていた事件である。

日野町事件は、故阪原弘氏が捜査段階で捜査官に対して自白をし、調書が作成されたということ以外に犯人性を裏づける証拠がない事件である。犯行の動機もなく、秘密の暴露は何もない。また、被害金庫は店頭に置かれていたこともなく、犯行を思いたつことはありえない事件であった。また、中腰になって両手で被害者の首を絞めたとする自白による殺害方法では首が固定せず殺害できないことが一審の段階から問題になっていた。

再審開始決定は、「阪原の自白に、事実認定の基礎とし得るほどの信用性を認めることはできない」とし、警察官からの暴行や脅迫により、自白した合理的な疑いがあるとし、自白の任意性も認められない、とした。さらに、「新旧全証拠によって認められる間接事実から、阪原が犯人であると推認することはできないし、各間接事実中に阪原が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係は含まれていない。」(最高裁平成22年4月27日第三小法廷判決)と判断した。

殺害方法については、吉田謙一医師の鑑定書等を始めとする新証拠を理由に、殺害態様を認定し、「阪原の自白のうち、左手を頚部の後面に当てていたとする点は、死体の損傷状況と整合しない。」とし、「阪原の左手の位置及びそれに伴う阪原の体勢は、本件殺害態様の重要部分であり、当時無我夢中であったという点や、時の経過による記憶の欠落では説明がつかない。」と判断した、第1次再審請求の棄却決定が展開した記憶違い論を明確に否定したものである。

引当捜査についても、「復路に写真撮影がされ、これが往路で撮影した写真として引当調書が作成されたことを示すネガの分析報告書、金庫関係の引当捜査担当警察官の当審における証言等の新証拠を踏まえると、警察官により、引当捜査当時に直截的な誘導はなされなかったものの、阪原が正解である金庫発見場所にたどり着けることを強く期待していた警察官が、鉄塔等があることを示唆する意図的な断片情報の提供を行い、また、警察官と、自白を維持し警察と協調する阪原との間で、正解到達に向かう無意識的な相互作用を生じさせた結果、金庫発見場所を案内できた可能性が、合理的にみてあると認められる。」とし、「阪原が誰からも教えられずに金庫発見場所について正しい知識を有していたとする一審判決等の判断は大きく動揺した」とした。

再審開始決定は、阪原氏の知的能力の低さに伴う行動特性を配慮した適正な判断をした。また、自白の信用性だけでなく、任意性にも合理的な疑いがあると踏み込み、阪原氏のアリバイ主張についても虚偽ではない疑いが生じた、とした。これらの点において画期的である。

今回の再審開始決定は、再審において新旧証拠を総合評価し、「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の鉄則を適用して判断したものであって正当なものである。

この事件は、上記引当捜査やアリバイつぶし等の違法な捜査手法、被疑者弁護を受けることのできなかった点(当時、当番弁護士制度も被疑者国選制度もなかった)で問題が多く、証拠開示ではそれなりの成果をあげたものの、あまりに時間がかかりすぎた(遺族が再審請求をしてから7年目に入っている)。

酒とカラオケが好きな人のいい故阪原弘氏を生きて救えなかったのは本当に残念である。本件は典型的なえん罪事件であり、再審公判により、すみやかに故阪原弘氏の名誉を回復する必要がある。本事件は、起訴されて30年余り経過した。検察官は不当にも即時抗告をした。日本国民救援会や日弁連の支援決定を得て闘ってきた事件であるが、再審無罪を勝ち取るまでさらなる支援をお願いしたい。

弁護士 玉木 昌美