カラオケの楽しみ

私の趣味のひとつはカラオケである。思い切り大きな声で歌い、ストレスを解消するのは精神衛生上も健康にもよい。歌う曲は、かつてはフォークとアニメであったが、その後懐メロ、そして演歌が主流になった。

演歌は4年ほど前からある店の先代のママに指導を受けてものにした。彼女に毎回課題曲を与えられ、点数を勝負して覚えていき、進化を重ね、歌が上手な彼女とほぼ互角にわたりあえるレベルになった。その関係で点数にこだわり続けている。幸い、行きつけの店のカラオケの機械に愛されているのか私だけが相性がいい。そのカラオケでは98点が最高点であるが、私は一晩で5曲98点を出すことも可能である。

点数にこだわるのは、大学の受験戦争の名残かもしれない。しかし、低い点数しか出なかった歌が高得点で歌えるようになるのは喜び・楽しみになる。

奥まった場所にその店はあるが、私の声は近くの公園にまで声が響くらしい。司法修習生のとき、大先輩の弁護士が「声が大きいだけで弁護団に役に立つ奴もいる。」との話を聞いて、そこに生きる道を見出したことを思い出す。

ある女性に「先生は音程が正確でうまいかもしれないが、歌に艶がない。」と指摘された。図星であるだけに辛いものがある。ママによれば、「演歌を歌ってもさわやかすぎる。」という。倍賞千恵子の本を読んでいたら、彼女は「歌に色気がない。」と批判され、悩んだという。彼女と同じ悩みをもっていることに感動した。

店では、「先生というが、音楽の先生か。先生をやめて歌手をめざしたらどうか。」と酔客に言われ、その冗談に喜んでいる自分がいる。

これまで滋賀県内で笠木透さんのコンサート(死亡後は追悼コンサート)を企画してきた。笠木さんは「歌がなくては人間らしく生きてはいけない」と言っているが、同感である。

街頭で訴えるにも、講演をするにも通る声は力になる。カラオケで気分転換をしながら、さらに鍛えることにしよう。

 弁護士 玉木昌美

 

日野町事件再審開始決定のその後

2018年7月11日、典型的な冤罪事件である日野町事件で再審開始決定を獲得した。その関係で全国あちこちで講演することとなった。

同年8月25日、東京で「なくせ冤罪!市民評議会 第6回定時総会」の記念講演をした。市民評議会は、再審事件における証拠開示の法制化と再審開始決定に対する検察官の不服申立ての制限を訴える運動をしている。たまたまよい裁判官に当たれば、証拠開示がなされ、再審開始に至る、そうでなければ、棄却され、無辜の救済ができない司法の現状は大きな問題である。検察官が不服申立をする中、当事者が高齢化し、失意のまま死亡することも重大である。日野町事件の阪原さんも本人の再審請求の即時抗告審の段階で死亡している。

同年9月29日、台風が近づく中、国民救援会岐阜県本部の大会で講演した。全国の国民救援会の支援が冤罪犠牲者の闘いを支えていることを痛感する。その物心両面の支援がなければ、30年以上にわたる闘いを継続することはできない。阪原さんが救援会員の支援に深く感謝をしていたことを思い出す。

同年10月5日、彦根共同法律事務所友の会で講演した。会場から、「誤まった裁判をした裁判官は何らの制裁も受けないのか。」という鋭い質問が出た。日野町事件は、一審、二審、最高裁、本人の再審請求と4回にわたり誤まった裁判を受け続け、5回目にしてやっとまともな判断を受けることができた。会場からの質問はもっともである。虚偽自白の理論や「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の鉄則をわかっていない裁判官が刑事裁判を担当することは許されない。

日野町事件は、検察官が即時抗告をしたため、大阪高裁に舞台を移す。「無実の者は無罪に」当たり前の刑事裁判を実現するため、さらなる支援をお願いしたい。

弁護団は、全国からの要請を受け、手分けして報告に飛び回っている。裁判とともに救援運動も強化し、阪原さんの無念を晴らしたい。

弁護士  玉木 昌美

1時間00分00秒

大阪城公園ナイトラン10キロを快走した。このところ、練習不足、膝の故障で調子はよくない。完走狙いでの走りであったが、涼しくなって走りやすく、ライトアップした大阪城を眺めながら走った。後半は、ペースメーカーになる人を見つけては追いかけ、あるいは競り合ったりした。そして、ゴール手前59分53秒の表示が見え、最後の力を振り絞ってスパートしてゴール。タイムは何と1時間00分00秒という傑作なものであった。昨年53分を切って走っていたことからすれば、走力は大幅にダウンしているが、面白い記録である。昨年、丸亀国際ハーフマラソンで2時間00分09秒を出したが、それ以上である。走ることは生きること、走れることに喜びを見出す人生である。

弁護士  玉木 昌美

滋賀日野町事件、再審開始決定勝ちとる

2018(平成30)年7月11日、大津地方裁判所(裁判長今井輝幸)は、故阪原弘氏の遺族らが請求した日野町事件について再審開始決定をした。

日野町事件は、1984(昭和59)年12月、滋賀県蒲生郡日野町で発生した。故阪原弘氏は、強盗殺人事件の犯人であるとして起訴され、事件との関わりがないと無罪を主張したものの、大津地方裁判所で無期懲役に処せられ、控訴や上告が棄却された。故阪原弘氏は、2001(平成13)年11月、再審請求を申し立てたが、2006(平成18)年3月、大津地方裁判所において棄却された。大阪高等裁判所において即時抗告審が係属していたが、その途中で故阪原弘氏は病気により死亡した。今回の再審請求は2012(平成24)年3月、故阪原弘氏に代わり、その雪冤のためにその妻と3人の子らが申し立てていた事件である。

日野町事件は、故阪原弘氏が捜査段階で捜査官に対して自白をし、調書が作成されたということ以外に犯人性を裏づける証拠がない事件である。犯行の動機もなく、秘密の暴露は何もない。また、被害金庫は店頭に置かれていたこともなく、犯行を思いたつことはありえない事件であった。また、中腰になって両手で被害者の首を絞めたとする自白による殺害方法では首が固定せず殺害できないことが一審の段階から問題になっていた。

再審開始決定は、「阪原の自白に、事実認定の基礎とし得るほどの信用性を認めることはできない」とし、警察官からの暴行や脅迫により、自白した合理的な疑いがあるとし、自白の任意性も認められない、とした。さらに、「新旧全証拠によって認められる間接事実から、阪原が犯人であると推認することはできないし、各間接事実中に阪原が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係は含まれていない。」(最高裁平成22年4月27日第三小法廷判決)と判断した。

殺害方法については、吉田謙一医師の鑑定書等を始めとする新証拠を理由に、殺害態様を認定し、「阪原の自白のうち、左手を頚部の後面に当てていたとする点は、死体の損傷状況と整合しない。」とし、「阪原の左手の位置及びそれに伴う阪原の体勢は、本件殺害態様の重要部分であり、当時無我夢中であったという点や、時の経過による記憶の欠落では説明がつかない。」と判断した、第1次再審請求の棄却決定が展開した記憶違い論を明確に否定したものである。

引当捜査についても、「復路に写真撮影がされ、これが往路で撮影した写真として引当調書が作成されたことを示すネガの分析報告書、金庫関係の引当捜査担当警察官の当審における証言等の新証拠を踏まえると、警察官により、引当捜査当時に直截的な誘導はなされなかったものの、阪原が正解である金庫発見場所にたどり着けることを強く期待していた警察官が、鉄塔等があることを示唆する意図的な断片情報の提供を行い、また、警察官と、自白を維持し警察と協調する阪原との間で、正解到達に向かう無意識的な相互作用を生じさせた結果、金庫発見場所を案内できた可能性が、合理的にみてあると認められる。」とし、「阪原が誰からも教えられずに金庫発見場所について正しい知識を有していたとする一審判決等の判断は大きく動揺した」とした。

再審開始決定は、阪原氏の知的能力の低さに伴う行動特性を配慮した適正な判断をした。また、自白の信用性だけでなく、任意性にも合理的な疑いがあると踏み込み、阪原氏のアリバイ主張についても虚偽ではない疑いが生じた、とした。これらの点において画期的である。

今回の再審開始決定は、再審において新旧証拠を総合評価し、「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の鉄則を適用して判断したものであって正当なものである。

この事件は、上記引当捜査やアリバイつぶし等の違法な捜査手法、被疑者弁護を受けることのできなかった点(当時、当番弁護士制度も被疑者国選制度もなかった)で問題が多く、証拠開示ではそれなりの成果をあげたものの、あまりに時間がかかりすぎた(遺族が再審請求をしてから7年目に入っている)。

酒とカラオケが好きな人のいい故阪原弘氏を生きて救えなかったのは本当に残念である。本件は典型的なえん罪事件であり、再審公判により、すみやかに故阪原弘氏の名誉を回復する必要がある。本事件は、起訴されて30年余り経過した。検察官は不当にも即時抗告をした。日本国民救援会や日弁連の支援決定を得て闘ってきた事件であるが、再審無罪を勝ち取るまでさらなる支援をお願いしたい。

弁護士 玉木 昌美

融資をえさにキャッシュカードを騙し取られると犯罪者に?直ちに弁護士に相談を!

弁護士 玉木昌美

 お金に困っていたAさんはメールによる融資の勧誘を受け、キャッシュカードを送れば、その口座に送金する、返済はその口座にすれば送金手数料がかからない、カードは完済後に返還すると言われ、業者にキャッシュカードを送付してしまいました。しかし、融資はなされず、騙されたことに気づいたAさんは口座をストップしましたが、それまでに口座はオレオレ詐欺に使用されていました。カードを騙し取られたことを警察に申告したAさんは、「被害者」ではなく、逆に「被疑者」とされ、犯罪による収益の移転防止に関する法律違反で罰金刑に処せられました。最高裁まで無罪を主張して争いましたが、通りませんでした。決してキャッシュカードを他人に譲渡してはいけません。
また、Bさんは、友人のカードを借りて送金するためにその口座を利用しましたが、やはり上記の法律違反で逮捕・勾留されました。私は被疑者段階で弁護人となって活動し、検察官と交渉して起訴猶予の処分になりました。すぐに経験のある弁護士に依頼することが大切です。

何歳まで走れるか 人間の可能性

弁護士 玉木昌美

2017年9月17日、台風をものともせず、岡山県井原市のぶどうの里ふれあいマラソン5キロに出場した。ぶどう畑の起伏の激しいコースの大会で5キロでも走りごたえがある。2013年には25分台、2014年では26分台で走っていたが、今年は27分43秒で49位(50歳以上男子 申込者203人中)。加齢による衰えが見える。何年か前のこの大会で70代の方に「お元気ですね。」と話したら、「わしはまだまだ若造や。」と言って、別の方を連れてきた。何とその方は96歳。ゼッケンをつけて選手として同じコースを走るのだ。その方は、「この大会は30数年前に段取りして始めた。」とおしゃっていた。96歳でも走ることができることはすばらしい。マラソンは生涯スポーツとして位置づけられる。その翌年もその方は97歳で走っていた。

井原市には著名な彫刻家平櫛田中の美術館がある。その平櫛の言葉に「六十、七十は鼻たれ小僧。男ざかりは百から百から。わしもこれからこれから。」とある。そういえば、2016年3月、板橋cityマラソンで久しぶりに約5時間かけてフルを走ったとき、先行する「83歳です。」とのタスキをかけた男性ランナーを最後まで抜けなかったことがあった。鼻たれ小僧の私には無限の可能性があるようだ。

えん罪日野町事件の急展開

弁護士 玉木昌美

 犯人にされた阪原弘さんの遺族によるえん罪日野町事件の再審請求事件は提訴して6年目に入りました。この2017年7月18日、19日と捜査を担当した元警察官2名と元検察官の証人尋問を行いました。これまでは証拠開示問題で三者協議を重ねてきましたが、いよいよ証人尋問に入ったわけです。
証拠開示により、捜査段階の引き当てや犯行再現の写真・ネガが多数開示されました。その分析の結果、たとえば、金庫引き当ての実況見分調書には、19枚のうち8枚の写真は復路で撮ったものであることが判明しました。
この事件は捜査段階の捜査官に対する自白以外まともな証拠がありません。犯人ならではの秘密の暴露は何もない事件です。捜査側は、阪原さんが誘導することなく、金庫投棄現場等を案内したから犯人であると主張し、引き当てができたことを犯人性の根拠にしていました。担当警察官は、現場を案内させ、その都度写真を撮って実況見分調書を作成した、と一審で証言していました。
ところが、今回の尋問の結果、結果的に復路で撮った写真をあたかも往路で撮ったかのように使って調書を作成し、かつ、そのことには触れないで証言していたことがわかりました。撮影した写真の順番も確認せず、ネガとも照合せず、帰路も含めて一番よい写真を使って、いわば偽りの調書を作り、その認識はともかく、結果的に事実に反する証言をしていたわけです。再審を担当している検察官は「任意に案内できたことは間違いないから問題がない。」と主張していますが、引き当ての過程をそのまま証拠化しなければ、引き当てが任意にできたことを証明することにはなりません。一審の有罪判決は、捜査官が信頼できることを強調し、任意に案内できたとしましたが、その信頼は崩壊することになります。そもそも金庫投棄現場は捜査官に答えがわかっていたことであり、自白が虚偽であれば、引き当てはその延長線上にあるものにほかなりません。
弁護団はこれから3人の証言の分析を行い、最終意見書につなげていくつもりです。
9月4日には、殺害方法について鑑定意見書を作成した医師の尋問が予定されています。座っている被害者を中腰で両手で絞め殺した、という自白による殺害方法では殺せないことを遺体の損傷を分析した医師の証言により明確にする予定です。
今後も日野町事件に対するさらなるご支援をよろしくお願いします。

ホームページをリニューアルしました

ホームページをリニューアルしました。ラインでのご相談のご予約も可能になりましたのでぜひご利用下さい。今後、ツイッターやフェイスブックなどでも、みなさまのお役に立つ情報を発信できるよう準備を進めています。ご期待下さい。

再審の扉

弁護士玉木昌美(たまきまさみ)のえん罪日野町事件の活動ををご紹介します。

えん罪日野町事件報告 今年急展開の遺族による再審請求

滋賀支部 玉木昌美

  1. 日野町事件とは、昭和59年12月28日夜以降に発生した酒屋の女主人が被害者となった強盗殺人事件です。被告人にされた阪原弘さんは、3年以上経過したのちに本格的な捜査を受け、逮捕・勾留され、自白をさせられました。公判では否認し、無罪を主張しましたが、一審大津地裁で無期懲役に処せられ、控訴・上告は棄却されて確定しました。阪原さんは、再審を請求しましたが、大津地裁は、請求を棄却しました。これに対し、即時抗告をしたものの、その途中で阪原さんは死亡しました。平成24年3月30日、阪原さんの遺族らが大津地裁に再審請求をして5年あまりが経過しています。
    平成29年4月、裁判所の構成が変わり、交代した今井裁判長のもとで審理が進められることとなりました。
  2. この事件は捜査段階の自白と引き当て以外には阪原さんを有罪とする証拠がなく、典型的なえん罪です。この事件では、犯行の動機もなく、被害金庫は店頭にはないので、金庫を見て犯行を思い立つ(自白)はずもなく、秘密の暴露は何もありません。逮捕の決め手となった被害者の着衣にあったという微物の鑑定結果は、一審で証拠価値がないことが判明し、検察は論告でも触れることはありませんでした。
    一審は、自白はそれにより事実認定ができるほどの信用性がないとし、犯行の時刻も場所も被害金額もわからないが、阪原さんが犯人であるという判決を下しました(概括的認定)。
    毎日新聞が、論告直前に、主任裁判官が担当検察官に対し、予備的訴因の追加を促したことを暴いて報じた。検察官は、被告人の自白(日時・場所を特定)は間違いないとして公判を維持してきましたが、論告直前に、予備的訴因の追加を行いました。犯行場所は、「日野町内若しくはその周辺地域」となりました。一審は情況証拠で無期懲役にしましたが、二審は、さすがに情況証拠による認定を否定したものの、翻って「自白の根幹部分は信用できる」として有罪を維持しました。
  3. 本人の再審請求の段階で、殺害方法が自白の方法(座っている被害者の首を中腰で絞め殺した)ではできないことが明らかになりました。首が固定できないからです。遺体の手首の紐の結束も、肉屋類似のものではなく、肉屋で勤務した経験のある被告人と結びつける間接証拠にならなくなりました。
    本人の再審請求は、裁判官が普通に「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従えば、開始決定がなされて当然でしたが、結果は、裁判官は「普通」ではなく、各論点について、個々に分断し、「記憶違いかもしれない。」「そうでない可能性もある。」「重要ではない。」「それだけで無罪とすることはできない。」と連発し、請求を棄却しました。殺害方法については、自白は「客観的事実との矛盾がある。」とまで言いながら、記憶違いかもしれない、としました。20数点の論点に「確かに弁護人の主張するとおりである」としながら、結論は請求を棄却した。ほとんどの論点で疑問があり、それが20数点にわたって重なれば、有罪判決など維持できません。再審請求を棄却した裁判官は、被告人が死刑か無期の強盗殺人事件で自白した以上犯人に違いないという偏見が根底にあるといえます。
  4. 遺族による再審は、三者協議を重ね、平成29年4月で35回に及んでいますが、その間、証拠開示を請求し、議論を重ねながら、開示証拠を増加させてききました。ちなみに、日野町事件では、本人の再審請求の段階で、検察官から、警察からの送致目録(一覧表)の提示を受け、その立証趣旨も明らかにさせていたが、これも大きく役立っています。検察官は、裁判所から指摘があれば、証拠の内容を明らかにし、証拠提出するというスタンスでしたが、開示請求を繰り返す中、新たに100点以上が証拠開示されました。
  5. 証拠開示によって、画期的な成果を勝ち取ってきました。引き当て捜査のネガの開示があり、金庫引き当てについて、金庫投棄現場から戻るときの写真が多用されていて、阪原さんが任意に案内して正解にたどり着いた、その都度写真を撮ったというストーリーが破綻しました。弁護側は、引き当ては、捜査官が答えのわかっているもので重視できないと主張してきましたが、任意に案内できたという捜査官の証言を鵜呑みにした判決は誤りだったわけです。
    さらに、昭和60年9月13日に逮捕状が発布されていたにもかかわらず、執行されないままであったことも初めて明らかになりました。
    捜査官が、被告人が主張するアリバイをつぶすべく、親戚関係者に工作していたことも判明しました。
    さらに、死体投棄現場における犯行再現も写真やネガの分析から実況見分調書記載の方法ではできないことも判明しました。
  6. 本件は、犯行現場も被害者の店舗であったのかどうかも不明のままです。 店舗内で殺害が行われたとすれば、同居していた高齢のおば、Tさんの存在が問題になります。証拠開示では、Tさんから事情を聴取した捜査報告書等が開示されましたが、それによれば、28日夜、被害者は店のある家で保険の勧誘をしている女性Hさんと一緒に酒を飲み、それから共同浴場に行った模様である。Hさんの調書も開示させたが、一緒に酒を飲んだのは27日となってす。当然、公衆浴場が営業されていたのがいつかが問題となり、捜査されているはずですが、それに関する証拠は開示されていません。被害者が28日夜公衆浴場に行っていたとすれば、阪原さんによるそのころ店内で殺害したという自白はありえません。弁護団は、28日の夜、共同浴場で一緒になったSさんから事情を聞き、新証拠として提出しています。
  7. 弁護団は、28日夜、阪原さんが泊めてもらった家の女性、Mさんから重ねて事情を聞き、Mさんの義兄の家にお浄め(宗教行事)に行き、その帰りにMさんの家で酒をよばれて眠り、朝までいた話を再度確認しました。「虚偽アリバイ」を主張したがゆえに犯人性が認定できるとした一審判決は理由がありません。
    弁護団は、引き続き証拠開示を請求しています。存在するはずの金庫投棄現場の写真やネガがすべて開示されないことも、捜査記録にある被害者の爪(DNA鑑定の資料となる)が紛失したというのもおかしいものです。
  8. 平成29年4月、交代した今井裁判長は、打合せ期日において、早期解決を考慮し、証拠開示の検討もさることながら、7月から証人の尋問に入ると決定しました。引き当て、犯行再現をした警察官、捜査を指揮し、阪原さんを起訴した検察官や殺害方法について鑑定した医師吉田謙一証人の尋問をしていくこととなりました。捜査官の尋問では、原審段階で、任意に案内させた点や犯行再現をさせて点について偽証であって自白は信用できないことが、殺害方法では、より明確に自白による殺害方法がありえないことが浮き彫りになることが期待されます。再審請求後、これまでは証拠開示での応酬を重ねてきましたが、これからは大きく展開し、尋問を行って、決定へ向けて動きだすことになります。
    事件の重大性に注目した裁判所の積極的な対応を踏まえ、弁護団は今後とも奮闘していくつもりです。
日野町事件遺族による再審請求をする弁護士玉木昌美ら弁護団
大津地方裁判所前
日野町事件遺族による再審請求をする弁護士玉木昌美ら弁護団の記者会見の様子
於 滋賀弁護士会
日野町事件遺族による再審請求について支援者たちに説明する
弁護士玉木昌美 於 滋賀弁護士会

 

再審とは

再審とは、確定した有罪判決を覆し、無実の人を救済するための制度です。その請求には、新証拠の提出が必要となります。再審事件においても、「疑わしきは被告人の利益に」の大原則が適用になり、新・旧証拠を総合評価して判断する、とされています(最高裁判例)。捜査段階でウソの自白を強要され、間違って犯人にされた冤罪事件の犠牲者は再審で救済されなければなりません。

全国の主な再審事件

  • 袴田事件 (静岡)
  • 福井女子中学生殺人事件(福井)        
  • 名張毒ぶどう酒事件(三重)
  • 日野町事件(滋賀
  • 大崎事件(鹿児島)
  • 筋弛緩剤えん罪事件(宮城)
  • 東住吉冤罪事件(大阪)
  • 東電OL殺人事件(東京)
  • 山陽本線痴漢冤罪事件 (岡山)         
  • 特急あずさ35号窃盗再審事件(長野)
  • えん罪姫路強制わいせつ事件(岡山)
  • 大阪地裁所長オヤジ狩り事件(大阪)
  • 西宮郵便バイク事件(兵庫)
  • 痴漢えん罪西武池袋線小林事件(東京)

「再審・えん罪事件全国連絡会ホームページ」より

弁護士走快 マラソン日誌

走ることは生きること

弁護士 玉木昌美

玉木昌美 私の趣味は走ることであり、昼休みや夕方に琵琶湖岸を走り、時折市民マラソン大会に出場しています。1991年8月、琵琶湖ジョギングコンサートで5キロを走ってから、運動音痴だった私の人生が完全に変わりました。走ることは生きることであるといってもよいくらいです。また、休みがとれたたまの日曜日、家族をおいてひとり走りに行くのはけしからんという抗議に、妻や子をマラソンに巻き込むことにより家庭サービスを実現しました。

ホノルルマラソン

1995年、子ども達が小4と小2で、ホノルルマラソンを家族全員で完走しました。その影響で小2のときホノルルのフルマラソンを完走した長男は、中学、高校、大学と陸上部で走り続けました(長距離と競歩)。

スタートラインに立てることは健康である証です(これまで体調を壊したり、膝を壊したりして医師から止められ休んだこともありましたが、奇跡の復活を遂げました)。気力を奮い立たせながら、ゴールに向かいます。他のランナーとの駆け引き等心理ゲームの面白さがあります。また、ゴールしたあとの達成感と完走後のビールのおいしさは格別です。次の大会のことを考えるだけでわくわくする楽しさがあります。さらに、びわこランナーズのメンバーや弁護士仲間は勿論のことあちこちの大会で出会う人と仲よくなり、マラソン仲間が増えていき、再会を楽しみにしています。

 2016年2月で還暦になりましたが、アンチエイジングでさらなる進化をめざしながら元気に走り続けています。加齢による体力の衰えを気力でカバーしているといえます。遅いながらもタイムにもこだわり続けています。

 2016年のベストタイムは、10キロは5月の鯖江つつじマラソンの50分13秒で60歳以上の部で116人中19位でした。ハーフは2月の香川丸亀ハーフマラソンの1時間53分31秒でした。3月に久しぶりに板橋Cityマラソンでフルを走りましたが、4時間53分49秒でした。
 
 2017年3月、ある工業高校に18歳選挙権、主権者教育をテーマに出張授業に出かけましたが、その高校では毎週全員が2・4キロ走るマラソンをしているということでした。「運動音痴だった私が還暦を過ぎても走ることに夢中になっている。次のマラソン大会をどこにするのか思うだけで楽しい。人生わくわくすることを持つことが大切です。」という話に力が入りました。

 仕事をしつつ、また、憲法運動等に積極的に参加しつつ、かつ、走り続けています。マラソンが人生を変えたといってもよいほど重要な意味を持っています。